目くるめく音楽美に“忘我の境地” ペーザロが持ってくる本物の「ロッシーニ」[公演情報]
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 ロッシーニを聴く醍醐味は、その目くるめく音楽美にどっぷりと浸り、陶酔すること。そして忘我の境地を彷徨うことである。ロッシーニといえば《セビリャの理髪師》か、あるいは《泥棒かささぎ》や《ウィリアム・テル》の序曲しか知らない人は、ロッシーニを語る際に「陶酔」とか「忘我の境地」と言っても、ピンと来ないかもしれない。しかし、ロッシーニを味わうということは、実は陶酔に一直線で結びついている。少なくとも、私にとってはそうだし、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)を訪れる人たちにとっても同様だろう。そして、ROFを訪れる人が年々増えつづけ、その多くがリピーターになっているのも同じ理由であるに違いない。

 ロッシーニが多くの人にとって「陶酔」と結びつかないのは、日本では《セビリャの理髪師》など一部のブッファを除き、上演機会が少ないからである。近年、以前に比べれば演奏機会は増えたが、それでもROFで上演されている水準の“上等な”ロッシーニとなると、滅多に接することはできない。一方、ROFでは毎夏、世界中から集まったロッシーニ好きたちが、とびきり“上等”なロッシーニに陶酔し、興奮し、惑溺しているのである。

 そのROFがついに11月、日本に来て、とびきり“上等”なロッシーニを上演してしまう。毎年100人を超える日本人がペーザロを訪れ、その多くがリピーターとして毎年、その年の最大のイベントとしてペーザロ詣でを繰り返しているわけが、ついに明かされてしまいそうだ。オペラを観て感動することはあっても、陶酔するような経験はなかなか得られないものだが、ペーザロに行くと毎日が陶酔体験なのである。

 美、美、美、ロッシーニの世界は、とにかく美に満ちている。今年のROFで上演された《マホメット2世》は、ミヒャエル・ハンペの重厚で正攻法の演出が、装置も衣装も美しく、すべての場面がそのまま絵になった。まさに視覚面でも美を具現化したわけだが、音楽美はそれ以上だ。ロッシーニのオペラの中でも最も重厚といえるこの作品は、冒頭の合唱から聴き手の心を鷲づかみにして離さない。そして重唱やアリアは、華やかな装飾歌唱によって彩られた美しすぎるくらいの旋律に満たされ、オーケストレーションは洒脱なことこの上ない。重厚な歴史絵巻をたっぷり味わいながら、極上の美に浸る。なんと贅沢な時間であることか。

 しかし、それだけでは、まだ陶酔にまでは至らない。ロッシーニが要求する、さまざまな装飾歌唱を含めた極めて高度な歌唱は、並大抵の歌手には歌いこなせないのだ。だから、日本での上演機会が少ないのもやむを得ないところなのである。で、ROFではどうだったかと言うと、たとえばマリーナ・レベカという若手ソプラノがヒロインのアンナ役を歌い、フィナーレの大アリアをはじめ、超難曲をいずれも見事に歌いこなしていた。

 こういう歌手がいて、はじめてロッシーニは陶酔と結びつくわけだが、そのレベカが日本でもアンナ役を歌うのである! さらに、外題役は今夏のペーザロではミケーレ・ペルトゥージがすばらしいマホメットを歌ったが、日本で歌うロレンツォ・レガッツォは、決してペルトゥージに引けをとらないバスだ。いや、十全のテクニックに加えて知性もある分、よりすぐれたマホメットになる可能性はかなり高いと言えよう。さらに、ペーザロでも実現しなかったアルベルト・ゼッダの指揮。ROFの芸術監督も務めるロッシーニの第一人者で、この人の洒脱で洗練を極めたロッシーニを上回る演奏は、今日望むことはできないと断言できる。

 そして、昨年プレミエを迎えた《オテッロ》。これも音楽美と躍動感が同居し、ヴェルディの《オテッロ》にも決して劣ることない傑作である。たとえば、デズデーモナが歌う〈柳の歌〉の美しさ、そして新しさ。ヴェルディによる同曲の先駆とも言え、双方を比べてみる楽しさもある。

 そして、オテッロもロドリーゴもヤーゴもみなテノールで、テノール同士の二重唱もまた聴きどころだ。昨年のROFでは、グレゴリー・クンデのオテッロが、力強く、輝かしい声で、しかし装飾歌唱も文句なく、聴衆を圧倒したが、その彼が日本でも歌ってくれるのである。そして、ロッシーニの《オテッロ》においてはヤーゴより重要で、至難のアリアもあるロドリーゴ役をブルース・スレッジが歌う。昨年、ローマで彼がトニオ役を歌うドニゼッティの《連隊の娘》を聴いたが、有名な9連続ハイCも見事にこなしていた。クンデのオテッロとスレッジのロドリーゴの二重唱はどれほどエキサイティングだろうか。そして、二重唱の中に出てくる高いD音をスレッジは見事に響かせてくれるだろうか、と興味は尽きない。

 こうなると、もうROFの日本公演を観た人は、軒並み“陶酔”し“忘我の境地”を味わわざるを得なくなりそうだ。こうしてロッシーニという“麻薬”の味わいを知ってしまうと、抜け出すのは困難である。来夏はペーザロに行く人がどっと増えてしまいそうな予感。いや、ペーザロ詣でが年間の最重要イベントである私は、本音を言えば、これ以上、ペーザロのチケット争奪戦が激しくならないでいてほしいのだが……。

香原斗志(かはら・とし)◎音楽ジャーナリスト

【公演情報】
『マホメット2世』
11/15(土) 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 大ホール (滋賀県)
11/18(火)〜11/23(日・祝)Bunkamura オーチャードホール (東京都)

『オテッロ』
11/16(日) 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 大ホール (滋賀県)
11/20(木)〜11/22(土) Bunkamura オーチャードホール (東京都)

『特別コンサート「ロッシーニ・ナイト」』
11/21(金) Bunkamura オーチャードホール (東京都)

※Bunkamura オーチャードホールの公演は座席選択が可能です!
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2008-10-15 15:00 この記事だけ表示
 
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