第3回 “なぜ「ロンドン・セット」なのか−ハイドンプロジェクトに寄せて/フランス・ブリュッヘン談[公演情報]
ハイドン没後 200年記念 ハイドン・イヤー最大級のプロジェクト!! 新日本フィルハーモニー交響楽団 フランス・ブリュッヘン・プロデュース  “ハイドン・プロジェクト”ロンドン・セット全曲演奏会

新日本フィルハーモニー交響楽団 フランス・ブリュッヘン・プロデュース “ハイドン・プロジェクト”ロンドン・セット全曲演奏会 連載、第3回目はハイドン・プロジェクトが動き出した瞬間のお話をお送りします!

なぜ「ロンドン・セット」なのか―それは、最も興味深い作品だからです。ハイドンはオーストリア・ハンガリーのエステルハージ家に仕えましたが、 そこのオーケストラは小さく、また、貧乏でした。編成はヴァイオリン3本か4本、ヴィオラ、 チェロ、コントラバスは1本ずつ、オーボエ、ホルンが2、という小さなもので、それ以上のオーケストラを 聴いたこともなかった。そこへロンドンから招待がきて、彼の世界は大きく広がったのです。

ハイドンはロンドン、パリ、ウィーン、ベルリンを知りました。そして、10本の1stヴァイオリン、少なくとも 10本の2ndヴァイオリン、全ての管楽器、沢山のヴィオラ、チェロ、コントラバス…贅沢なオーケストラが そこにはあったのです。

そしてもう一つ、王家とそのゲストのためだけの演奏ではなく、コンサート・ホールでの演奏―それはハイドンにとって 大きな魅力でした。「ロンドン・セット」はロンドンという場所が可能にしたのだと思います。 大きなオーケストラ編成が作品の美しさに一役かっていると言えるでしょう。贅沢な作品なのです。

「ロンドン・セット」以後、ハイドンはもう交響作品を書きませんでした、純粋な器楽曲さえも。 例外的にトランペット協奏曲だけです。 書いたのは「天地創造」「四季」6つのミサ曲だけ。 もうそれ以上器楽曲は書かなかった―そう、彼はもうそれで仕事を終えてしまったのです。
「全て終わった、他の何かをしよう」と感じたのでしょう。



本当に素晴らしく美しい名曲 - 「天地創造」 フランス・ブリュッヘン談

「天地創造」は本当に素晴しく、美しい「名曲」です。世界中の演奏家、指揮者、合唱団、 そしてオーケストラがとりあげたがる作品です。もしかしたら、すごく有名な作品ではないのかもしれませんが、 実際初演した直後からヨーロッパ各地で、大小の合唱団、オーケストラによってとりあげられ、 おそらく1,000回以上演奏されたでしょう。この作品は本当に「名曲」なのです。 忘れられない体験となります。

<次回は「『オーケストラが見た、フランス・ブリュッヘン』第1弾 “初ブリュッヘンの衝撃”」 お楽しみに!!>

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2008-12-17 19:28 この記事だけ表示
 
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