第7回  『ワカラナイことは、音楽家がしっている。』vol.3 “the best”[公演情報]
ハイドン没後 200年記念 ハイドン・イヤー最大級のプロジェクト!! 新日本フィルハーモニー交響楽団 フランス・ブリュッヘン・プロデュース  “ハイドン・プロジェクト”ロンドン・セット全曲演奏会

新日本フィルハーモニー交響楽団 フランス・ブリュッヘン・プロデュース “ハイドン・プロジェクト”ロンドン・セット全曲演奏会 第7回目は新日本フィル楽団員に聞くシリーズ第2弾!前回に続く後編です!

音楽のことは、音楽家に聞け! チェムンスに続くシリーズ第2弾は、新日本フィル首席ホルン奏者、井手詩朗です。 後編は、ハイドンの魅力について。ハイドンって、ほんとうに芸術の粋なんですね。




―ずばり、ハイドンの音楽の魅力って何でしょうか? 例えばモーツァルトやベートーヴェンなどに比べて、華や色気がない、 聴く人を熱くさせるような勢いもない、そんなふうにとられがちな作曲家ですが。

井手:
でも交響曲を創った人だからね。僕は前にも言ったけれど、本当に古典の時代の音楽がすごく好き。 ロマン派以降、楽器の進歩やスタイル・社会情勢の変化でいろんな音が増えていくけれど、 ハイドンの音楽には本当に無駄がない。弦合奏の中に、ホルンとオーボエがあるだけ。 でもこんなにきれいな音楽は他にないんだよ。エスプレッションの強いメロディーとかそういう音楽もいいけれど、 僕はこっちのほうがずっと好きです。例えば、高級な食材をふんだんに使って複雑なソースをかけて 飾り立てた料理よりも、一つの素材だけで余計なものを一切使わない、でもすごく良い香りのする シンプルな料理のほうが好ましい。美味しいお豆腐で、いくらでも飲めるような(笑)。 とにかく、シンプルで、余計なものがない。音が大きくて、いろんな楽器があって…、 ハイドンの後はたくさんの要素が増えた。でも音楽として古いから地味、というのは間違い。 これが、すべてのはじまりなんだから。本当に、偉大です。

―ハイドンの頃の作品と、ロマン派以降。演奏する上では、何か違いがありますか?

井手:
古典、ハイドンの作品を演奏する時は、とにかくまわりの全ての音、音色を聴きながら演奏しようとします。 響きで吹いて、周囲の弦楽器などの細かい音、それからホールの響きをより大切にする。 ロマン派以降はフォルテッシモでバーン!と演奏するような『力』が必要になるけど。 そう、“より美しく”、ということを追及するのが古典だな。たとえば、“きれいな海”といっても “周囲の景観の美しさできれい”とか“水がきれい”とか色々あるでしょう。古典の場合は“もっと澄んだ水の海を、 もっともっと”とひたすら追及していくような感じかな。“the best”の美しさ、もちろんそんなものは存在しなくて、 実際はよりbetterに、よりbetterに、と高めていくわけだけれど、それがブリュッヘンと一緒に音楽をつくっていく過程で、 自分たちが限りなく“the best”に近づいている、近いところに行ける気がするんです。 “完成”に近づいている、そういう感覚が毎回ある。だから、音楽家になってよかった、一緒に演奏できて良かった、 そう思える指揮者なんです。音楽というのはチューナーとかメトロノームでつくられるものじゃない。 “美しいものを求めていけば、そこに到達できる”そう思わせてくれる、そう期待させてくれる。

―それが「幸せ」ということなんですね。

井手:
幸せだね。最初のリハーサルの時、周りのメンバーもみんな、いいね、幸せだね、と言ってた。

―『ロンドン・セット』は特別。 そしてまだ誰も、ハイドンを「超えられていない」?

井手:
ハイドンの交響曲全曲の中でも、『ロンドン・セット』は特別。ハイドンの交響曲って、第1番から順を追っていくと、 音楽がどんどん成長しておもしろくなってくるんです。なるほどな、と思わせるところも多いしユーモアの織り込み方も とても巧み。こんな作曲家はほかにいなかっただろうな。ハイドンの1番から104番までの交響曲は、こうやって交響曲が 生まれてきた、っていう歴史なんですよ。僕は、ハイドンにはこの先交響曲がどうなっていくか、わかっていたんじゃないかと思う。 後世の作曲家たちは、実はまだハイドンの予想していた範囲を超えられていないんじゃないだろうか。そんなふうに思うんです。




<次回は「「バー・ブタオのハイドンって男はね」vol.1 妻と愛人編」お楽しみに!!>


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2009-01-21 20:16 この記事だけ表示
 
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