連載大特集 第3回 シカゴ交響楽団(CSO)という類稀なオーケストラについて 第2弾[公演情報]
ところで、このグレート・オーケストラ−シカゴ響(CSO)に今まで客演した日本人指揮者が、数少ないながら何人かいます。
まずは、もちろん小澤征爾さん。(小澤さんはかつて、CSOの夏恒例の「ラヴィニア音楽祭」の監督もしていました) 他に秋山和慶さん、それから90歳を超えてから2度の客演を果たして話題を呼んだ朝比奈隆さん。 そして井上道義さんも1993年に巨匠ラファエル・クーベリックの代役として、マーラー「第9交響曲」を指揮しています。(これはクーベリックが指揮するはずだったこの曲をそのまま変えないために、遠い日本にマーラーを得意としている井上さんの存在を知っていた当時の名事務局長ヘンリー・フォーゲルがわざわざ指名したといいます)

その井上道義さんから、今回特別に、当時の思い出を語っていただきました。



マーラー9番で、あのシカゴ響でアメリカ・デビューというのはなんとも劇的であった。 その時既に亡くなっていたが、父親の正義が、20歳の頃(1920年代禁酒法のアルカポネのシカゴで)学費稼ぎのアルバイトをやった思いの深い場所でもあった。湖からの湿った寒風が美しい近代建築のモニュメントのような町をすり抜ける。ホールには大きな体躯の、やさしさと疑り深さを持った警備員が目を配っていた。

初めての練習・・・始めの5分はなんというか、奴隷市場に連れ出された裸の男を白人が値踏みする雰囲気。しかしかまわず思うことをまくし立て、10分もすると敵の目は楽譜に集中していた。ホールの音響は言われていたほどドライでもなく、恐ろしく上手いトロンボーンセクション、管楽器からは沢山の表現の可能性を試みる波が来る。 これが一流の証拠。弦楽器はなんと言っても集団演技だから直接ぶつかってくるまでに時差が有るのだ。
実は安心していた本番当日、僕は慌てくさった!!あまりに響きがないのだ。これはマーラーにはつらい!考えてみればメンバーはもとより観衆はその響に慣れているのだから動じることは無かったが・・・初めてのデビュー、とか思う人間はアドレナリンが体中に分泌されてしまうらしく、テンポが上がる。死を前にしたマーラーでなく、初日はただの井上の音楽になっていたのが悔しかった。しかし定期会員は2万人いると聞く。聴衆の沢山の人々が立ち上がってのアメリカ流拍手。 意味もなく嬉しく、俺もこれで死んでもいいな、と思った音楽会だった。
コンサートの後にテノールのプラシド・ドミンゴが体中から手を差し伸べて目を輝かせて賛辞をくれたりもした。
シカゴでは聴衆みんなも一流だった。
自分が一流であることをおおらかに表現できる喜びを、聴衆一人ひとりが誇り高く持っている趣き。ミラノのスカラ座やベルリンとは大いに違う、胸の広い父のような感じさえ感じたのは建物のサイズと町の中での位置によるのだろうか。 人々は何故、クラシック音楽を守り、前に進ませようと見守るのか・・・。

それから15年ほど経つが、井上はまだ生きている。


そうそう、“シカゴ”といえば20世紀初頭、禁酒法時代のギャング、などというイメージもありましたね。 それはともかく、井上さんらしい自由な思い出メッセージでしたが、やはりこういう話をうかがうと、まさに「超一流は違う」ですね!

そのCSOのメンバーに目を向けますと、これはウィーン・フィルやベルリン・フィルと同じで、ソリストとしても活躍する「名手」「スーパースター」「看板スター」が多く在籍しています。 過去の大物でいえば、チェロ界の巨匠だったヤーノシュ・シュタルケル(1953-58 首席奏者)
トランペットのアドルフ・ハーセス(1948-2001 首席奏者)、
オーボエのレイ・スティル(1954-1993 首席奏者)、
そしてホルンには、1966年からなんと現在も首席を務めるデール・クレヴェンジャーがいて、もちろん今回のツアーも参加します。

クレヴェンジャーのホルンといえば、過去のCSO来日公演の折に演奏した、マーラー「第5交響曲」第3楽章冒頭のホルン・ソロの凄さときたら!ホール全体の空気をいっぱいに満たす響きは忘れられるものではありません。
こうして、現在でもCSOは、他にもコンサート・マスターのロバート・チェンやフルートのマテュー・デュフォーらをはじめとした名手がたくさんいる名技ソリスト集団なのです。

また先にちらっと触れましたが、一流のオーケストラには相応の力をもった指揮者とともに、一流の事務局、ないし事務局長がつきもの。名プレーヤー同様、「慧眼(耳?)」とマネジメント術に長けたスタッフが多く揃っています。

彼らの仕事の中でも、オーケストラの音楽監督や首席指揮者の人事というのは、最重要の問題のひとつであることは言うまでもないことですが、 CSOではこのあたりの動きも見事なものでした。(アメリカに限らず、欧米では苦慮する問題です)
1970年代〜80年代にかけて、ご存知の通り、ゲオルク・ショルティとともに当時の黄金時代を作り上げたCSOにとって、ショルティが辞めた後の後任というのは大変な悩みだったようです。そんな時(もちろんショルティの意向もあり)、後任に内定したダニエル・バレンボイムに内外ともにスムーズに移行するため、海外ツアーでは2人ともが公演を分け合って指揮するなど、世代交代のアピールを自然に行い、誰もが納得するようなかたちをとりました。 また21世紀に入って、バレンボイムの後任選出の場合もさらに大変でした。しかし無理矢理に誰かを、と決めることなく、まずはオーケストラのメンバー誰からも尊敬され、関係が深まっていた、もちろん聴衆からの支持も絶大だったハイティンクと話し合いました。そして双方納得の上で次の音楽監督決定までの間、オーケストラのクォリティ、モチベーションなどが落ちないよう「首席指揮者」という、マエストロにとっては負担とならないポストを特別に設けたのです。(そして皆様ご存知のように、次期音楽監督は2010年シーズンからリッカルド・ムーティに決定しました。) 非常に賢明なオーケストラといえるのではないでしょうか。

ですから、現在のマエストロ・ハイティンクとCSOのパートナーシップは、お互いの信頼から成り立つ強い「絆」なのです。

さあ、シカゴ交響楽団を聴きにいらっしゃいませんか?

チケットお申し込みはこちらまで
2月1日(日)4時 サントリーホール
2月3日(火)7時 サントリーホール
2月4日(水)7時 サントリーホール



2009-01-29 19:16 この記事だけ表示
 
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