史上最高のソプラノ、バルバラ・フリットリが待望の来日公演![公演情報]


モーツァルトとヴェルディを歌って現代最高のソプラノは、バルバラ・フリットリである。いや、史上最高のひとりかもしれない。類まれな美声をすみずみまで磨き上げた極上の響きに酔いしれることができる、待望のリサイタルがついに実現する。

 待望のリサイタルである。「待望」は広告宣伝ではお馴染みの言葉だが、この場合、そこらの「待望」とは格が違う。私はバルバラ・フリットリという存在を強く意識して以来、かれこれ十年以上、日本でのリサイタルを待ち望んできたのだ。

 デビュー直後からフリットリはヨーロッパで評判になっていたが、私の耳に彼女の声が強烈に焼きついたのは、1998年に北京の紫禁城で行われた《トゥーランドット》の映像を観たときだった。彼女のリュウは麗しい容姿もさることながら、一声聴いただけで美しすぎるほどの響きにハッとさせられた。録音なのに倍音がビンビンと伝わってくるほどの響きで、登場の場面でいきなり、極上の絹のようにキメが細かい珠玉のピアニッシモに打ちのめされてしまった。隅々まで完璧にコントロールされた美声で、なんと音楽性豊かで、なんと情感があふれているのか――。

 私は生で彼女の声が聴きたくなり、以来、ヨーロッパに行く際にはまず、フリットリのスケジュールを確認して、極力合わせるようになった。こうして、スカラ座で2000年にヴェルディの《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラを、01年には同じくヴェルディ《オテッロ》のデズデーモナを聴くことができたが、天性の美声を知的に制御した歌は、響きの美しさはもちろんのこと、たしかなフォーム、行き届いたフレージングで抜きん出ていて、その結果として、ヒロインの心のときめきも、悲しみも、十二分に表現され、私は感動の嵐に襲われた。03年にはトリノで、やはりヴェルディの《シモン・ボッカネグラ》のアメーリアを聴いたが、臨席の老女が「アメーリアが素晴らしい」と、涙を流さんばかりに興奮していたのが忘れられない。そして上記3役について、私は古今東西、フリットリ以上の水準で歌った歌手を知らない。

 その翌年、フリットリはナポリのサン・カルロ劇場の引越し公演で事実上の初来日を果たし(学生時代に来日したことがある)、ヴェルディ《ルイーザ・ミラー》のタイトルロールを歌い、それ以来、フィレンツェ歌劇場のヴェルディ《ファルスタッフ》やウィーン国立歌劇場のモーツァルト《コシ・ファン・トゥッテ》などで、たびたび来日してくれるようになった。ファンとしては、なんとも嬉しいかぎりだが、リサイタルだけはまだ実現していなかった。

 フリットリのレパートリーの中心はモーツァルトとヴェルディである。モーツァルトには、歌唱表現の基本から応用までのすべてがあるから、基本に戻るという意味でも、声のみずみずしさを保つためにも、ヴェルディを歌いながら、常にモーツァルトに帰る――。以前、インタビューした際、フリットリはそんなふうに語った。その両方を、しかも、さまざまな作品に跨って聞きくらべることができるリサイタルとは、これはもう夢のようである。

香原斗志(かはら・とし):音楽ジャーナリスト、オペラ評論家。オペラのわかりやすい解説と、声の分析に定評がある。公演プログラムや雑誌等への執筆多数。著書に『イタリアを旅する会話』。


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2009-04-01 17:08 この記事だけ表示
 
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