【公演間近!】新日本フィルハーモニー交響楽団 第460回定期演奏会 サントリーホール・シリーズ 『怪人が紡ぐ“ある愛の歌”』[公演情報]
公演間近!の新日本フィルハーモニー交響楽団、第460回定期演奏会サントリーホール・シリーズ
『怪人が紡ぐ“ある愛の歌”』。井上道義よりインタビューが届きました!

『青ひげ公の城』by 怪人?井上道義

不思議なオブジェや絵の数々で飾られた井上自邸。 2羽のアヒルに挨拶したあと、ショスタコーヴィチが見つめる部屋でいろんな話をききました。 気づくと「すれ違う男女の愛」の話になり、ウィーン・デビュー当時の話になり・・・。 そんなもろもろがフリーダムに繰り広げられた よもやま話、どうぞお楽しみください。

まずは今回のこだわりについて。
実は『青ひげ公の城』には「改訂版」が存在するのをご存じですか?今まで使用されていた楽譜は、 決してバルトーク自身の意向が正しく反映されているとは言えないものでした。 そこで作曲者バルトークの御子息、ペーテル・バルトーク氏が父親(作曲家)の手稿を元に作成しなおしたもの、 それがこの「改訂版」です。近年、一度発表されたのですがパート譜上の不手際が多くお蔵入りの刑に・・・(現在改めてパート譜作成中)
井上道義はそれがやっぱり気になる!というわけで、現在そのスコアとの照合作業中。 今回は「知られざる本当の青ひげ」が明らかになるかも…しれません。

【以下 N:新日本フィル 井:井上】
井:見てよ、これ。イエス、イエス、イエス、イエス、ノー、イエス、イエス、ノー、 じゃまだひつようない(などなど、井上自筆でこのようにスコアに書きこみあり。写真)。 イエスエスエスノーイエス…(最後の2ページを指して)こっから先はもう疲れちゃってまだ真っ白(笑)。

N:やっぱり(改訂版スコアの内容は)無視できないような重要な違いでしたか。
井:無視できないよ、それでやっぱり、この『青ひげ公の城』は若書きなんだよ。 バルトークが書いた頃はもう今よりも国が難しい時代だったでしょ。 んで、なにしろ彼は食いっぱぐれて死んだような人だから、やっぱりすごく貧乏だったしね、ずっと。 それにああいう性格の人だったから周りの人とうまくいかなかったこともあるしさ。 言ってもややこしくなるだけとか、どっちでもいいとかさ。 でもこの作業はもう大変!ほんとに大変。
N:直した結果はだいぶ音楽上いい方向にあらわれそうですか?
井:はい。ていうか俺がいつも気になってることは全部解決された。裏付けがとれた。 というかね、スコアを読むってことはこういうことですよ。ショスタコーヴィチにしろなんにしろ 特にマーラーなんか自分で推敲してるわけじゃない。この『青ひげ』は、バルトークが推敲してるんだけど、 それが(いま一般的な)スコアには反映されてない。ピアノ譜までは反映されていて、この通りにスコアにも 反映してくれって言ったんだけどそれがうまくいってない。早く死んじゃったからでしょう。 だからもしバルトークがじいさんになって「これはいい曲だ」ってなったらもう一度やり直してるに違いないんだよ。

*注:改訂版の楽譜:一回実際に使われたこともあるそうですが、本当にどうしようもないパート譜だったようです。 それでお蔵入りになり、発行元のユニバーサルがスコア自体も引っ込めたのだそう。


N:かなり若い頃の作品だからこそ、っていう「いいところ」もあるわけでしょう?
井:そうね。…たぶん若い頃じゃなきゃ書けない、こういう男女の問題っていうのは。 俺みたいに年とってくると諦めちゃうんだ。だから問題にならない。男女の問題とか、孤独の問題とか扱ってるわけでしょ。 「男の孤独」とか。でもそんなのさ、年取ってくると、しょうがない、諦めるほかないってことになるでしょ。 でもこの頃は「孤独が嫌だ」とかいうものを作品にぶつけるエネルギーがあるわけでしょう。
N:井上さんはこの話には共感する?
井:ものすごくよくわかるし、女の人がこの話を、僕が字幕を作った話を見たりすると、非常に面白い反応があります。 女の人は「この最後はどうなるのか、最後彼女は城の中に入って行ってどうするの」っていうのを聞くんだけど、 でもそれはあんまり問題じゃないの、男にとっては。そこがおもしろい。僕はほんとにこの作品は「男と女の違い」をよく表していて、 普遍的な話だと思います。だからどこまでいっても答えがないんだ。 映画なんかでもよくあるじゃない、答えがなくて解決されないまま終わる。
N:このオペラの「こたえ」は?
井:解決してます。青ひげさんにとっては、ずっと解決してるんです。彼は別に孤独じゃないんです。 一人で全然かまわない。だけど女の人はそれを見てて、「人は変な噂をして人殺しだとか言うけど、 私が入ったらあなたの生活が少しでも明るくなるんじゃない?あなたの城は明るくなるんじゃない?あたしなら変えられる!」 って入っていくわけ。でも、何も変わらない。大体の結婚はそうやって終わるんじゃないかと思うわけ、絶望で(笑)。 まあその中でもいろんなバリエーションはあるけど。
N:この作品の音楽的にいいところをおしえてください。
井:いいところ?そうね…ほとんど旋律というものがないといってもいいんじゃないかと思うんだけど、 いわゆるぼくらが思う常識的な旋律がない、歌いやすい旋律がない、記憶に残る旋律がない。 だから現代音楽は旋律がないからつまんないっていう人にはつまらないのかも。 でもいろんな色があって…、たとえばこういう(下写真)
絵があって、 もっと抽象的になるとなんだかわからなくなる、 そのちょうど中間にあるかな。抽象的な音楽ではない、現代音楽ではない。印象派とも非常に遠い、色彩のおもしろさに、 パレットの綺麗さによっかかってることもない。きれいかっていうとあまりきれいじゃない。暗い、 なるべく美しくない方向に行こうとしてる気がする。
N:ハンガリー語でやるってことは重要ですか?
井:もうねえ、ぼくはわからないから逆に楽、お手上げ(笑)。
N:今回は字幕も井上さんが書きました。
井:ハンガリー語から訳している日本語と、英語の脚本、ドイツ語の脚本…それをみっつあわせて、僕が自分でわかりいい言葉を選んだ。
N:お客さんに内容、ニュアンスを伝えるのに、字幕は大切だと思いますか。
井:非常に重要です。言葉でこれが『青ひげ公の城』って名前がついてるからもすでに言葉に左右されてるわけで、これが『白髪公の城』とか 『つるっぱげ公』とかだったら(笑)全然違うでしょ。青ひげっていうのは日本人にはあまりないよね。ほんとに毛むくじゃらのことを言うわけで、 外国人、特にスラヴ系とかありとあらゆるところに毛が生えてる…

N:他の誰かの字幕を使うってのはよくありますが。
井:そういうのは、めくらだと思います。ていったら書けない・・・ぼくはめくらじゃないしつんぼじゃないから、自分でやる。 あとね、言葉のことで言うと、この曲メロディーはないんだけど、言葉のアクセントと音楽が非常に一致してるから歌う方は とっても歌いやすいと思う。だからハンガリー語でやんないとおかしなことになると思う。 旋律がないから、最初から最後までレチタティーヴォだと思えばいいかな。レチタティーヴォっていうのは音楽か?といわれると ちょっと違うでしょ?だから字幕がすごく大事だと思ってる。旋律があるものなら字幕がなくても十分楽しめるけど、 この曲は字幕を見ながら観たほうがずっとおもしろいと思う。だからなるべく簡潔に短くしました。あまり説明的なものはあわない。
N:ディヴェルティメントについて教えてください。
井:この曲はまあ、僕にとってバルトークの入り口でしたね。高校生の時から斉藤秀雄にイヤっているほど教えられましたから。 コントラバスもずっと弾いてましたし。だからたぶんコントラバスの弓は今でも覚えているんじゃないかと思います。
N:ほかのいろんなディヴェルティメントありますけど、この曲は難しいですよね。
井:でも、弦チェレ(=バルトーク作曲 弦楽器と打楽器とチェレスタのためのディヴェルティメント)より難しくないです。楽しいですよ。 ぼくね、この曲は一つ思い出があって、たしかウィーンのデビューがこの曲だった。ちょっと待って、間違えちゃいけないから・・・そのときのポスターを、 トイレに貼ってある。見せよう。
(そこでみんなで井上邸トイレへ移動)

(これが証拠写真。1972年でした→)

井:まだ24歳の頃でウィーン交響楽団だったんだ。それで、若いから「なんだその弓使いはー!!!」とか言って怒ってさ、 「そんなもんじゃバルトークは弾けない!」とかってさ(笑)、覚えてるよ。
N:それは井上さんが提案したプログラムだった?
井:そう僕。斉藤先生に叩きこまれてるから安心だった(笑)。簡単な話で、冒頭のところでね、 俺「おまえ隣の国の言葉なのに何でアクセントが頭にあるってことわかんねんだ」みたいな話したんだよね。 そしたらすごく面白がって…、若かったからね、みんな許してくれた。そのとき出てたラドゥ・ルプーがひっでえ批評されてね。 「モーツァルトはこの男には弾けない」とか書かれて(笑)。そういう批評。逆さだよ(笑)。あほらしいなあと思いましたよ。

N:再び、『青ひげ』とは男女の・・・
井:これを掘り下げられるかは、これを観に来てくれればすごくわかると思うんだけど、 男の人は簡単な話、自動車持ってたり、時計持ってたり、書斎持ってたりすると、それを大事にひけらかすっていうかそういうとこあるでしょう。 彼にとって一番大事なことは、自分の、自分という存在がはっきりと人から見てもわかる「城」のようなものになることをとても大事と考える。 女の人は、そういうことに興味がないんではないか。女の人は「愛情」というものに非常に命をかけていて、城の一部として自分が扱われることは考えもしない。 「一部」ってんじゃなくて、新たに二人で何かをつくる、という意識があって。男の人はどうも最初からふたりで何かをつくるっていう意欲・意識はなくて、 自分のつくりたいところにその人が入っていく、と思ってるかもしれない。だから、そこで非常にずれるわけ、愛情の価値が。
だから青ひげは「また来たのね。来ないほうがいいよ」って言ってるわけ。「君のためにもならないし」って。 でも彼女は「あなたのために!私が明るくしてあげます!」って。それってよく現実に起こることよ。再婚なんて大体そうやって起こる(笑)。
N:また、隅の部屋に、新しい一人として…
井:僕自身の中にもたくさんそういう記憶が山盛りある。それは男の人ってのは「過去」を「今」のように感じてるわけ。女の人ってのはバァァー!っと 過去を抹殺できて完璧に捨て去ることができる。今に生きるために。と思います。
N:っていうことは、『青ひげ公〜』の中でおこっている情景ってのは、「心の中の城」ってことですね。
井:心の中の城!だからほんとに三人の前の奥さんが出てくるわけじゃないわけ。心の中にいる。彼女は「その中の一部になるのは嫌だ、絶対嫌だ」って言ってんだけど、 でも「あの人の一部になる」っていう自分の欲望のためにはその中に入らざるを得ない、のかな? というところでしょうね…


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新日本フィルハーモニー交響楽団
第460回定期演奏会 サントリーホール・シリーズ 『怪人が紡ぐ“ある愛の歌”』

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2010-04-07 17:45 この記事だけ表示
 
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