プラシド・ドミンゴ コンサート イン ジャパン2011[公演情報]

 3月11日以来、福島原発の放射能を怖がって、外国人アーティストの来日公演が軒並みキャンセルになる中、当然ドミンゴの来日も心配された。実際に、今回共演予定だったソプラノのアナ・マリア・マルティネスもキャンセルになってしまい、代役としてアルゼンチンのソプラノ、ヴァージニア・トーラが緊急来日となった。しかし、彼にはそんなつもりはまったくなかったどころか、日本の人たちを勇気づけたいと、来日を熱望していたとのことである。ドミンゴ自身、1985年のメキシコ大地震を経験しており、その時の義援活動を振り返り、「音楽が出来ることは小さいかも知れないが、少なくとも音楽に触れている時は幸せな気持ちになることができるはず」と語っていた。

 今回の公演は2回だけということもあり、チケットは売出しと同時に完売、ネットオークションにもまったく出ないほどのプラチナ・チケットとなっていた。数年前まで超一流のテノール歌手として世界中のオペラハウス立っていた彼も今年の1月で70歳。最近は指揮者としての活躍が多く、オペラ歌手としては、「シモン・ボッカネグラ」のタイトルロール役バリトン歌手として世界中を廻っていた。さらに昨年は大腸癌の手術をするなど、健康面の問題もあり、最後の来日公演になってしまうかとファンが殺到したのも無理のないことであろう。

 しかし、プログラムが進むに連れ、3,600人の満員の聴衆はそんな心配は無用だったということを知るのである。独特の甘く艶があって張りのある美声、高い芸術性は100%健在で、会場は素晴らしい歌に引き込まれていった。

 純粋にテノールのアリアと言えるのは、「微笑みの国」の“君こそわが心のすべて”と「トスカ」の“星は光りぬ”くらいで、「アンドレア・シェニエ」の“祖国の敵”を始めバリトンのアリアやバリトンとソプラノの2重唱、後半はミュージカル、サルスエラからのナンバーとなった。さらに当夜、1番高い音だったのはAs(ラの♭)だった。しかし、偉大なオペラ歌手、稀有なアーティストであるドミンゴにとってテノール、バリトンという区分など些細な問題であることを改めて思い知らされたのである。アンコールの1曲目は被災地の方に向けて「ふるさと」を日本語で歌ったのだが、会場中から感動してすすり泣く声が聞こえてきた。超一流の歌手にとって、言葉の壁というものは存在しないのであろう。そして、6曲にも及ぶアンコールでは、1曲ごとにスタンディングオベーションとなり、嵐のような拍手がいつまでも鳴り止まなかった。

(文:上月光)

 次の日本公演は歌手としてか、指揮者としてか、どちらで来日かはわからないけれどもこれからも日本に来て、私たちに音楽のすばらしさを伝えてほしいと心から願います。


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2011-04-12 19:05 この記事だけ表示
 
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