“箏の可能性の最前線”― 奏者・沢井一恵のリサイタルは2015年開催[公演情報]


 日本人で「箏(こと)」という楽器を知らない人は、おそらくいないだろう。お正月など、「和」の代表音楽のように流れる《六段の調》や《春の海》を、誰もが耳にしたことがあるはず。ちなみにこの楽器に「琴」という字を当てるのは厳密に言えば誤りで、楽器学上の分類としては「箏(そう)」が正しい(慣習的にこれを「こと」と読む)。


箏の新たな世界を切り拓く、現代の第一人者

 その箏の、現代の第一人者が沢井一恵だ。8歳から邦楽中興の祖・宮城道雄のもとで学んだ彼女は、古典だけでなく、内外の現代作曲家たちとの共同作業などで、箏の可能性を切り拓いてきた。日本の伝統楽器としての箏とその背景に広がる文化が、西洋の音楽語法と出会うことで、双方を刺激しあって新しい音楽が生まれてきたのだ。

 年明けに行なわれる沢井のリサイタルでは、その彼女の活動を象徴するように、日本を代表する、幅広い世代の作曲家5人の6作品が並ぶ。しかもそのうち4曲が新作初演というからすごい。沢井自身、「まさにこういうことをやりたいと思っていたような、最高のプログラム」と意気込みを語っている。

 このリサイタルを開くきっかけとなったのが、近藤譲(1947〜 )の十七絃箏と箏による二重奏のための新作。つい最近、近藤の1979年の処女著作集『線の音楽』が復刻されたことも話題だが(アルテスパブリッシング刊)、彼にはこれまでに邦楽器のための作品がほとんどなく、箏だけの編成の曲もなかった。だが、「いつか書いてほしかった」という沢井がダメもとで頼み込んだところ、意外にも快諾をもらい、今回のリサイタルは、この新作の発表の場を作るという意図がスタートとなった。




 5人の作曲家の中で最も若い杉山洋一(1969〜 )は、なんと2曲の新作を書き下ろした。ミラノを拠点に、国際的な指揮者としても活躍する注目の人。これが初対面という二人だが、幼い頃からヴァイオリンを学んでいた杉山は、師の篠崎功子の家で、ちょくちょくリハーサルに現れる沢井の箏を3歳の頃から耳にしていたのだという。委嘱を受け、十七絃箏のための新作《鵠(クグヒ)─白鳥の歌》を早々に書き上げた杉山は、楽譜を携えて訪れた沢井宅で「五絃琴」という楽器を見た。紀元前5世紀の中国の墓から出土された古代楽器を1993年に日本の国立劇場が復元した楽器で、他に出土例もなく、沢井が保管しているものが世界で唯一現存する貴重な楽器だ。すでに高橋悠治がこの楽器のために書いた曲でその音に魅せられていた杉山が、すぐさま「これも書きます」と申し出て、もう1曲の新作、五絃琴のための《手弱女(タワヤメ)》が生まれた。

 高橋悠治(1938〜 )の十七絃箏と二十五絃箏のための《百鬼夜行絵巻》も初演。作曲者自身が朗読で参加する。沢井は「赤鬼と青鬼と妖怪。百鬼夜行でしょ?」と笑う。この高橋作品と前述の近藤作品で共演するのは、沢井と並ぶ箏曲界のトップ奏者・野坂操壽(旧名・野坂惠子)。彼女もまた現代音楽、西洋音楽とのコラボレーションに精力的に取り組んできた人で、この二人がいなかったら、現代音楽の世界での箏の存在感は、ずっと寂しいものになっていただろう。

 ちなみに、伝統的な日本の箏は十三絃の楽器。十七絃箏や二十五絃箏は、音域を拡大するために絃を増やして楽器の可能性を広げた、20世紀生まれの楽器だ。沢井は十七絃の、野坂は二十五絃のエキスパートとして知られている。


 柴田南雄(1916〜1996)の《枯野凩(かれのこがらし)》と西村朗(1953〜 )の《覡(かむなぎ)》は、それぞれ1986年と1992年の旧作だが、前者は能管を韓国横笛テーグムに、後者は打楽器をコントラバス(!)にと、どちらもオリジナルの編成とは協奏相手を変えて演奏するのは沢井らしいチャレンジ精神だろう。

 邦楽の枠を超えて箏曲界を牽引しつづける沢井一恵と、各世代を代表する日本の作曲家たちの作品が交差する一夜。箏という楽器の可能性の最前線を、わずか数時間で俯瞰できる貴重な機会になりそうだ。研ぎすまされた音の向こうに横たわる無極の深淵に身を委ねたい。

[ 取材・文=宮本 明]


プロフィール

沢井 一恵 箏奏者

 8才より箏曲を宮城道雄に師事。東京芸術大学音楽学部卒業。1979年沢井忠夫と共に沢井箏曲院を設立、現代邦楽の第一線で活躍する一方、求められればどこへでも行く全国縦断「箏遊行」や、作曲家の一柳慧、パーカッションの吉原すみれと結成した「トライアングル・ミュージック・ツアー」で日本各地70回にも及ぶ現代音楽コンサートを敢行。高橋鮎生、太田裕美、ピーター・ハミルらの参加アルバム制作、ジョン・ゾーン、高橋悠治プロデュースによるコンサートなど多彩な活動を展開。ニューヨークの BANG ON A CAN フェスティバル、ウイーン、メールズ・ジャズ・フェスティバル、パリ市立劇場などアメリカ、ヨーロッパ各地のフェスティバルより招聘を受け、KAZUE SAWAI KOTO ENSEMBLE で世界中のいろいろな音楽シーンに登場、ワールドツアーを展開している。
 また国内外の様々なジャンルの若手アーティスト達と「沢井一恵 箏360°の眼差し」やミュージック・アクション(フランス)などで実験的コンサートを積極的に行い。邦楽とは無縁だったたくさんの人々に箏の魅力を伝えている。ロシア人作曲家ソフィア・グバイドゥーリナとの即興、CD制作及び作品演奏は、99年発表の箏コンチェルト(NHK交響楽団委嘱)へと発展、アメリカツアーを行う。(N.Y.カーネギーホール、ボストンシンフォニーホール、シカゴシンフォニーホール、リンカーンセンターなど全6コンサート)
 01年には、モスクワ国立管弦楽団との協演が行われた。
 03年よりヴァイオリニストの五嶋みどり主宰のNPOミュージックシェアリング学校訪問プログラムに参加し、全国の小学校・養護学校でのレクチャーコンサートを展開している。
 08年「五嶋みどり・沢井一恵スペシャルプロジェクト2008 弦×弦 音をつむぐ」年末年始6日間連続コンサートにて、五嶋みどりと東西を代表する二つの弦楽器の競演を行う。
 2010年佐渡裕指揮による、坂本龍一作曲「箏コンチェルト」を世界初演。(2011年commmonsレーベルより「点と面-Ryuichi Sakamoto presents : Sonority of japan 佐渡裕+沢井一恵」発売)
 2011年7月18日十七弦によるアルバム「THE SAWAI KAZUE 十七絃」と同時に「野坂操壽×沢井一恵 箏 ふたりのマエストロ 変幻自在」の全国ツアーを展開中。


公演概要

沢井一恵 箏 リサイタル

<公演日程・会場>
2015/1/9(金) 王子ホール(銀座4丁目) (東京都)


<キャスト・演目>

出演:
十七絃箏・五絃琴:沢井一恵
テーグム(韓国横笛):アラム・リー
コントラバス:齋藤徹
二十五絃箏・箏:野坂操壽
朗読:高橋悠治
 
曲目・演目:
柴田南雄作曲「枯野凩」(十七絃箏&テーグム版)
西村朗作曲「覡(かむなぎ)」(十七絃箏&コントラバス版)
高橋悠治作曲「百鬼夜行(やぎょう)絵巻」(十七絃箏&二十五絃箏) 委嘱新作初演
杉山洋一作曲「鵠(クグヒ)−白鳥の歌」(十七絃箏) 委嘱新作初演
近藤譲作曲 委嘱新作初演(十七絃箏&箏)
杉山洋一作曲「五絃琴のための《手弱女(タワヤメ)》」 委嘱新作初演
※演奏順未定



2014-09-18 18:08 この記事だけ表示
 
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