2016年1月サントリーホールでデビュー・リサイタルを控える、ピアニスト 反田恭平にインタビュー![インタビュー]

 2012年、高校在学中に日本音楽コンクールで第1位を獲得し、一躍、注目されるようになった反田恭平。現在、モスクワ音楽院でM.ヴォスクレセンスキーに師事している。今年7月にはデビュー・アルバム「リスト」をリリース。そんな彼が満を持して、2016年1月23日にサントリーホールでデビュー・リサイタルをひらく。楽器は、ホロヴィッツが愛用したヴィンテージ・ニューヨーク・スタインウェイ(1912年製)を使用する。

インタビュー

 「ホロヴィッツが弾いていたこのピアノを最大限に活かせる選曲をしたいと思いました。この楽器を初めて見た時、どす黒いオーラを放つピアノだと思いました。普通のピアノとは違う音色の幅を持つ楽器。88の鍵盤1つ1つが違う音色・個性をもった、まるでオーケストラみたいな楽器で、ピアノが楽器の王様だといわれる意味が初めてわかりました。また、音量が凄いし、一瞬たりとも気が抜けない。鍵盤が何グラムか軽く、倍音が残り、箱が鳴っていて、チェンバロや古楽器に似た感じがします。敏感な楽器なのでコントロールするのが難しい。このピアノが弾いてほしいと思っている曲を探すために、ホロヴィッツの録音を聴いたりもしています。この楽器は凄い力を持っていますが、僕がピアノを支配して、ピアノが僕にすべてを預けてくれるようなプログラムにしたいですね」

――反田が初めてピアノに触れたのは4歳のときであった。
 「母が電子ピアノを買ってくれて、目の前で幼児用のミッキー・マウスのマーチを弾いてくれました。そのとき僕は、生まれて初めて生の楽器の演奏を聴いたのですが、母が弾いたミッキー・マウスをそのまま普通に両手で弾いたのを覚えています」

 楽譜も読めず、鍵盤の位置すら知らない幼児がいきなりピアノを弾いたとは、まさに神童伝説。しかし、11歳まではサッカーに夢中で、ピアノは二の次だった。ところが、小学校5年のとき、大事な試合で相手にタックルされ、右腕手首を骨折(しかし、そのまま試合に出続けたという)。それをきっかけにサッカーをやめて、ピアノに専念するようになった。12歳から本格的にピアノを学び始める。中学2年のとき、音楽高校か進学校かどちらに進むかを決めなければならなかったとき、ピアニストになる決意をし、音楽の道に進むのに反対だった父親を説き伏せるために目の前にあるコンクールのすべてで優勝してみせた。音楽高校に進学し、高校3年のときに日本音楽コンクールで第1位をとった。それが転機となる。

――19歳になった次の日、ロシアに渡った。
 「ロシアに来て2年くらい経ちます。最初の1年は予備科でロシア語の勉強をし、試験に受かれば音楽院に入学できます。寮の生活、学校の書類書きやロシア語の勉強に追われて、あっという間でしたね」

 この12月26日には、サンクトペテルブルクでのゲルギエフ主宰のロシア音楽祭に出演し、マリインスキー劇場管弦楽団と共演して本格的なロシアデビューを飾る。ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を弾く。

――サントリーホールでのリサイタルのプログラムの中心は、デビュー・アルバムでも弾いたリスト作品になる予定。


 「リストは一番長く触れ合ってきた作曲家なので、それぞれの曲に思い入れがあります。超絶技巧練習曲第8番『狩り』は、コンクールを含め、いろいろなところで弾いてきた曲。コンソレーションは、ホロヴィッツがたくさん音源を遺していますが、彼の演奏はどれも素晴らしい。メフィスト・ワルツ第1番は、独特のオーケストレーションの感じられる曲で、このピアノで弾きたいですね。モーツァルトも弾きたいし、ロシアに住んでいるのでロシア作品も入れたいです。そのほか、ファン・クラブの人たちのアンケートに書かれた多種多様の曲から吟味して選んでいるところです」

 デビュー・リサイタルで反田恭平が何をどのように聴かせてくれるのか、本当に楽しみだ。

[取材・文=山田治生]
[撮影=平田貴章]

公演概要

反田恭平 デビュー・リサイタル

<公演日程・会場>
2016/1/23(土) サントリーホール 大ホール(東京)(東京都)

<曲目・演目>
リスト:超絶技巧練習曲より第8番「狩り」
    スペイン狂詩曲/コンソレーションより抜粋
    巡礼の年 第2年 補遺 「タランテラ」
    メフィスト・ワルツ 第1番 「村の居酒屋での踊り」
    他
    *曲目は変更の可能性がございます。予めご了承ください。

2015-11-16 16:52 この記事だけ表示