東京のオペラの森2008[公演情報]
チャイコフスキーといえば、小澤征爾の十八番だ。そこに、世界で頭角を現しつつある伸び盛りの歌手たちが一斉に集まれば――来春の〈エフゲニー・オネーギン〉は、〈東京のオペラの森〉の決定版になりそうな予感がムンムンする。


 オペラが高尚で小難しいものだと思っている人は未だに多い。そんなことは決してないと、私などは言い続けているが、そんな人も〈エフゲニー・オネーギン〉を観れば(聴けば)――「質の高い演奏」という条件付き――、理屈抜きに浸ってもらえるだろう。難しいことは考えずに、物語の展開と音楽に身を任せてみることだ。ヒロインのタチヤーナの揺れる女心、斜に構えたオネーギンの厭世観とのちの後悔、レンスキーの苦悩……、そうした細やかな感情が、チャイコフスキー一流の名旋律に、悲しげな情緒をこれでもかというほど湛えて描かれる。心を右に左に揺さぶられ、幕が閉じると、すっかり哀愁に包まれながらも、美しすぎる音楽に浸った感動に満という具合である。

 では、「東京のオペラの森」の上演で「質の高い演奏」が期待されるかどうか。まず、夢見るロマンティックな乙女でありながら、底知れぬ強さを秘めたタチヤーナ役は、リリックな美声で強さも表現できるソプラノでないと。ロクサーナ・ブリバンはこのところヨーロッパでの台頭目覚しく、今後はウィーン国立歌劇場だけでも《ドン・ジョヴァンニ》《ラ・ヴォエーム》《シモン・ボッカネグラ》と立て続けに出演する、まさにリリカルで強さもあるソプラノだ。オネーギン役のダリボール・イェニスは、05年にイタリアのペーザロで《セビリャの理髪師》のフィガロを聴いた。明るいけど深く、芯がしっかりして陰影もあり、実によく響くバリトンだ。もう少し端正なほうがフィガロにはいいと感じたが、オネーギンにはうってつけだろう。05年に藤原歌劇団の《アドリアーナ・ルクヴルール》に出演、ツボをしっかり押さえた力強い歌唱が記憶に新しいエレーナ・カッシアンがオリガ役を歌うのも楽しみ。

そして小澤征爾。もともと小澤のチャイコフスキーには定評があり、今年もサイトウ・キネン・フェスティバルで、同じ作曲家の《スペードの女王》が上演され、雄弁なオーケストラが評判になったばかり。チャイコフスキーのオーケストレーションは実に細やかで、最後は管弦楽の充実ぶりが上演の成否を左右するだけに、期待が高まる。今夏のザルツブルク音楽祭の《魔弾の射手》が評判になったファルク・リヒターの演出にも期待したい。

香原斗志(かはら・とし)◎音楽ジャーナリスト



2007-10-02 10:29 この記事だけ表示
 
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。