世界最高のオペラハウスが、最高の歌手と指揮者を引っさげて。絶対見逃せない3演目![公演情報]
 オペラに詳しくない人でも、ウィーン国立歌劇場が世界に冠たるオペラハウスであると知っている。そんな歌劇場は、世界広しといえども、ほかにないだろう。

 現在のウィーン国立歌劇場は、パプスブルク帝国の威信をかけて1869年に完成したもので、まだ(?)オープンして140年足らずだが、その歴史はさらに1709年に建てられたケルントナートア劇場にさかのぼり、そこから数えれば300年近い歴史と伝統を誇ることになる。

main.jpg

■ウィーン国立歌劇場2008年日本公演
>>公演の詳細とチケット申込みはこちら!

 しかし、ウィーン国立歌劇場がすごいのは、単に伝統があるからではない。まず、オーケストラが違う。ここのオーケストラは、あのウィーン・フィルの母体、すなわちウィーン・フィルとは、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーがオーケストラ・ピットから出てコンサートを行うときの呼称なのである。世界一の響きを誇るオーケストラを抱えている劇場であれば、よい指揮者が集まり、よい歌手を呼ぶことができ、すぐれた演出家が集う、というのが道理だろう。

 もっとも、ここではオペラの上演が年間300日もあるから、いつも100%の出来とは限らないのだが、ここぞという日の水準の高さは、オーケストラのえもいわれぬ芳醇でまろやかな響きと相まって圧倒的だ。そして日本公演は、ウィーン国立歌劇場にとって、その威信を示すべき“ここぞという日”であるのは、言うまでもない。


圧倒的な声の力と様式美、究極の《コシ・ファン・トゥッテ》

koshi.jpg

 なにしろ、今回集められた歌手がすごい。フィオルディリージ役のバルバラ・フリットリ(ソプラノ)は、少なくとも録音に残された歌声で、彼女の歌唱を超えるものを私は知らない。モーツァルトを歌うためには、きちんとした歌唱フォームを維持し、きめの細かい声によって美しい旋律線を描き、美しいピアニッシモを響かせ、コロラトゥーラもできる、という、実に高度なテクニックが要求される。

 インタビューの際に、多くの歌手が「歌うのが一番難しいのはモーツァルトだ」というのは、そのためだ。そして、上記の条件を理想的にクリアしているうえに、飛び切りの美声を併せ持つのがフリットリなのだ。続いて、グリエルモ役のイルデブランド・ダルカンジェロ(バス)。現在、モーツァルトを歌うバス歌手の中で、上記の条件を最も満たしているのが彼だと言って間違いない。

 この2人が期待されるのは、ともにイタリア人であるという理由もある。3回におよぶ長いイタリア旅行を経験したモーツァルトはイタリア語の達人で、だからダ・ポンテのイタリア語の台本に、イタリア語のリズムと響きを生かした音楽を付けることができた。したがって、それをモーツァルトの意図を生かして演奏するためには、美しくリズミカルなイタリア語の表現力が求められるのだ。

 その点、ドラベッラ役のアンゲリカ・キルヒシュラーガー(メッゾ・ソプラノ)とフェッランド役のミヒャエル・シャーデ(テノール)は、イタリア人ではないが、イタリア語の美しい表現に定評がある。もちろん、上記の条件も高度に満たしている。こうして、このアンサンブル・オペラの要になる4人に、モーツァルトを理想的に歌える、きわめてスタイリッシュな表現力を持った歌手が揃った。これはほとんど奇跡的だ。ドラマの推進役であるドン・アルフォンソ役にも、フリットリの夫君で端正な歌唱フォームが魅力のイタリア人バス、ナターレ・デ・カロリスが選ばれている。

mooty.jpg

 指揮のリッカルド・ムーティについては、今さら言うまでもないだろう。モーツァルトを指揮して、彼ほど様式美と芳醇な香りを両立させ得るマエストロはいない。そして、モーツァルトがこだわったイタリア語の響きやリズムを、イタリア人のムーティが熟知しているのは当然として、その当然のことに、人一倍のこだわりをもっている。この究極の《コシ・ファン・トゥッテ》だけは、何があっても見逃せない。


小澤最後の凱旋を、十八番の《フィデリオ》で

ozawa.jpg

 自由と博愛を高らかに歌ったベートーヴェン唯一のオペラ《フィデリオ》。ウィーンで初演されたこの作品は、ウィーンッ子の誇りでもあり、第二次世界大戦で破壊されたウィーン国立歌劇場を再開する際のオープニング演目であり、2005年の劇場再開50周年記念ガラでも、その抜粋版が上演されている。その際に指揮したのが、我らが小澤征爾である。

 というのも、《フィデリオ》は小澤の十八番なのだ。小澤の手になるベートーヴェン、ひいては《フィデリオ》の魅力は、ひとつの音符さえも疎かにしない精妙な音作りと、劇的な推進力だろう。そして緊張が張り詰めた末に、クライマックスで劇的に盛り上げる。動と静、明と暗をドラマティックに対峙させ、聴き手の心を鷲づかみにする。

 私は2004年、小澤がこの作品をウィーン国立歌劇場で初めて振ったその日に、それを生で観る機会に恵まれたが、第2幕、フロレスタンがレオノーレ(フィデリオ)の愛と勇気によって救出されたのちの歓喜の二重唱の輝かしさ、それが終ったのちの聴衆の拍手とブラーヴォの嵐が忘れられない。

federio.jpg

 この作品は、歌手にワーグナー並みの強い声を求めている点も特徴だが、レオノーレ役のデボラ・ヴォイト(ソプラノ)、フロレスタン役のロバート・ディーン・スミス(テノール)、ピツァロ役のアルベルト・ドーメン(バリトン)と、役に不足はない。そして、2010年には音楽監督の座を退く小澤が、われわれの前でこの自由の金字塔のようなオペラを、ウィーンの芳醇な響きを従えて演奏してくれる最後の機会となるだろう。


演奏至難の《ロベルト・デヴェリュー》を圧倒的スケールで

hyder.jpg

 ドニゼッティの傑作の中に、女王3部作と称されている作品群がある。《アンナ・ボレーナ》《マリア・ストゥアルダ》、そして《ロベルト・デヴェリュー》――。いずれも、イギリス女王エリザベス1世に絡んだ物語で、ベルカントの高度なテクニックが要求されるために、演奏至難であることも共通している。

 この中では、前2作は時折上演されるが、《ロベルト・デヴェリュー》の上演回数は非常に少ない。それは、このオペラがつまらないからではない。エリザベッタ(エリザベス)役を歌いこなせるソプラノがいない、ただそれだけの事情だと考えていい。

 たとえば、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場は、2011年に今をときめくソプラノ、アンア・ネトレプコをタイトルロールに据えて《アンナ・ボレーナ》を上演し、翌年はジョイス・ディドナートがタイトルロールの《マリア・ストゥアルダ》を上演する、と発表している。が、《ロベルト・デヴェリュー》だけは、「エリザベッタ役を歌えるソプラノがいないから上演できない」と、説明しているのだ。それくらい難しい役なのである。

robert.jpg

 高度なコロラトゥーラを含む劇的な歌唱、というだけでは、その難しさは説明できない。恋人を処刑しなければならない、なんとか留まりたいが、それができない――という、女王という立場ならではの心の葛藤を声で描ききれなければ、このオペラは成立しないのだ。その役にとてつもない自身を持っているのが、今回歌うエディタ・グルベローヴァなのである。

 それ以上の説明は、もはや不要だろう。誰も歌えない高度な役を高度に歌いこなす、ということがどれほど感動を呼ぶことか。タイトルロールのホセ・ブロス(テノール)やノッティンガム公爵役のロベルト・フロンターリ(バリトン)など、共演者も理想的なベルカント歌いが揃った、必聴の公演である。

香原斗志(かはら・とし)◎音楽ジャーナリスト


■ウィーン国立歌劇場2008年日本公演

【S〜D席発売!】
<e+独占先行受付>:3/13(木)〜3/16(日)
一般発売:3/22(土)

◆W.A.モーツァルト作曲『コシ・ファン・トゥッテ』
10/21(火)〜10/27(月) 東京文化会館大ホール (東京都)
>>公演の詳細とチケット申込みはこちら!

◆L.v.ベートーヴェン作曲『フィデリオ』
10/26(日)〜11/1(土) 神奈川県民ホール 大ホール (神奈川県)
>>公演の詳細とチケット申込みはこちら!

◆G.ドニゼッティ作曲『ロベルト・デヴェリュー』
10/31(金)〜11/8(土) 東京文化会館大ホール (東京都)
>>公演の詳細とチケット申込みはこちら!


2008-03-13 12:28 この記事だけ表示
 
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。