アルバンベルク大特集第3弾!ギュンター・ピヒラーと、ABQの薫陶を受けたエッカート・ルンゲよりコメントが届きました![公演情報]
◆ギュンター・ピヒラー、アルバン・ベルク四重奏団を語る。

●リハーサルではディスカッションを常に行いますが、音楽の原理というものはそう変わるものでもありません。モーツァルトにしてもベートーヴェンにしてもシューベルトにしても私たちは既に何回も演奏を重ねてきており、熟知しているといってもいいでしょう。しかし実際にそれじゃここをどうするか、ということになると、毎回論議が巻き起こります。つまりよくするための論議なのです。練習には終わりはありません。

●ABQ創設当初、アメリカに行ってラサール弦楽四重奏団(以下ラサールSQ)に師事した理由は2つです。
 私は既に30歳になっており、それまでの12年のキャリアで演奏家として生きることの難しさは骨身にしみるほど分かっていました。そんな状況下で弦楽四重奏団を立ち上げ、成功させるには、普通の成功などでは絶対にダメで、センセーショナルな、ニュースになるような歴史的成功を収めなくてはならないと確信していました。そのためには最高の技術的水準を獲得しなくてはならないと。
 もうひとつは、ウィーンのコンサート・ライフに革命を起こしたかったからです。1970年という時代は紛れもない現代でありました。確かにハイドンからベートーヴェン、シューベルトに至る室内楽作品は素晴らしいが、私たちが生きているこの世紀にもかけがえのない作品が生まれている、その事実も伝えたかった。いつも同じ作品だけを弾いていたら、遠からず音楽の歴史は死んでしまいます。聴衆は離れてしまいます。
 その点、ラサールSQは比類のないモダン・ミュージックの旗手でした。それに高い演奏技術を確保するためには時間がかかるとも考えました。職業についたままウィーンに残って勉強しても集中できないと予感したのです。幸いにも少額ではありましたが奨学金も与えられましたし、私たちは4つのプログラムだけを持って1年間ラサールSQに師事したのです。

 私は幸いにもウィーン音楽大学の教授職にあり、給与も保障されましたからよかったですが、他のメンバーの奨学金は少額でしたから大変でした。私たちはそれぞれが受け取った金額をまずテーブルに出し合い、それを分けて生活しました。ですから夜はビールも飲みたかったのですが、一杯にするか二杯にするか、本当に真面目に考えましたよ(笑)

●最初に録音をしたテルデック・レーベルはハイドンで録音を始め、ゆくゆくはカルテット全集を作ろうと言ってくれました。ですが私は社長に会い、「提案はありがたいが、私たちはアルバン・ベルク・カルテットですよ。私たちの最初のキャリアをハイドンの全集制作でスタートさせるわけにはいきません」と話しました。そこで妥協案として、1枚はハイドン、1枚はベルク作品集を録音したのです。幸いにも両方がディスク・グランプリとなり、それからセンセーションが巻き起こりました。
 テルデックからは何枚かのディスクを出しましたが、その後EMIとの関係ができました。しかし彼らは2年間でベートーヴェンの弦楽四重奏全集を作りたいと言って私たちを驚かせました。私たちは5年くれといい、交渉は難航しそうになりましたが、最初のアルバムが好評だったおかげで5年をかけて全曲を録音することができました。
 セールスも最初は2万枚の予想でしたが、あっという間に10万、そして50万となり、弦楽四重奏曲のセールスとしてはまさに画期的な業績を作り出しました。結局100万枚となりましたが、室内楽でこのセールスは今なお驚異的なことだと思います。

●今回の解散ツアーの曲目ですが、まず自分たちの名が由来するベルクの代表作2作が欠かせないということ。それから「最後」ということで、敬愛する作曲家の最後の作品群から取り上げました。シューベルトは最後の弦楽四重奏曲、ベートーヴェンは2001年の結成30周年記念演奏会でも取り上げた「第15番op.132」にしました。この曲はあらゆる弦楽四重奏曲の中でも最高のもので、加えて第3楽章には〈病から回復した者の神に対する聖なる感謝の歌〉が。この感謝の歌は私たちの現在の気持ちに近いものです。


◆ABQの愛弟子に当たるアルテミス・カルテットのチェロ奏者、エッカート・ルンゲより、彼らの解散に向けてコメントが届きました!
(このコメントはコンサート会場で販売されるプログラムにも掲載されております)

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 1980年代初め、幼い私はアルバン・ベルク四重奏団の演奏を初めて聴き、深い感動を覚えました。その後1997年に、私の四重奏団はウィーンへ赴き、この偉大な4名の演奏家のもとで学びました。

 素晴らしいレッスンの他にも、彼らは私達と共に過ごす時間の中で、様々な機会を通して多くのことを惜しげもなく伝授してくれ、私達は多くを学ばせていただきました。四重奏団としての彼らの生活の話、音楽や人生についてのやりとりなども、勉強の一部でした。彼らの伝統や財産を伝える方法として、それは私達にとって忘れがたい魅力的なもので、彼らは先生以上の存在となりました。彼らはメンター(師)であり、親であり、友人でした。私達は幸運にも、ABQの2人のメンバーと六重奏団を組み、プロとして一緒に仕事をすることができました。その時の感動を通して、ABQは今日までアルテミス・カルテットの日々の仕事の中に息づいています。それは芸術的なインスピレーションだけでなく、彼らが常に引用してくれた話や共通の話題を通して、いつまでも私達の中に生き続けているのです。

 ABQの印象の中で、最も私の心に訴えたものはなにかと聞かれたら、多分30年以上にわたる彼らの芸術に対する並外れた情熱であると答えるでしょう。もちろん彼らの演奏の細部すべてにまで同感できる人ばかりではないでしょう。しかし、彼らの演奏を聞いて、強い印象を受けず無関心にいられる人はいないでしょう! 私にとって、このことが何よりも重要なのです。このことこそがABQを特別な存在にしているのであり、それはこれからも変わることはないでしょう。

エッカート・ルンゲ(アルテミス・カルテット チェリスト)


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★第2回記事
「ABQ、フィナーレに向けて!」

★第1回記事
「最後にして最高の舞台。アルバン・ベルク四重奏団、解散!」


2008-05-26 12:12 この記事だけ表示
 
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